元保育士がサハラ砂漠250kmを激走!不合理なことに挑むからこそ、人生はハッピーになる「極限の美学」とは?
元保育士のプロランナー・美藤智美さんが、サハラ砂漠マラソン(約250km)に3回出場して上位入賞し、コスタリカジャングル240km、2026年9月ハンガリーの6日間走(144時間・802km)でアジア記録を更新した経緯を語る。気温52度の砂漠で点滴を断られ、意識が飛びながら走り続けた極限体験と、「砂漠に行くと日本の日常すべてが幸せになる」という人生観の変化を、ホスト・田中圭との対話で掘り下げた回。
この回が答えていること
元保育士の美藤智美さんはどんな経緯でウルトラマラソンを始め、プロランナーになったのか?
保育士時代に無理なダイエットをして健康への関心が高まり、トレーナーを目指してランニングを開始。フルマラソン2時間59分を達成後、「サハラ砂漠でマラソンができる」と知り「世界一になる」と即座に宣言。以来、距離を伸ばして砂漠・ジャングルレースへ進んだ。
サハラ砂漠マラソンとはどんなレースで、現地ではどのような苦労があったのか?
水以外すべて自給自足の7日間ステージレース。荷物は食料・寝袋込み6.5〜7kg。初参加時は気温52度で参加者が続々倒れた。美藤さん自身も熱中症になり点滴を頼んだが「喋れるから大丈夫」と断られた。足の豆は安全ピンをライターで炙って自ら処置した。
コスタリカジャングルレースではどのような体験をしたのか?
走るレースのはずが川が深くなり足がつかなくなって泳ぐ羽目に。有刺鉄線をくぐってコースを進む場面もあった。ワニ注意の看板、七色の蛇、アリクイが現れる「おとぎ話の世界」で、訳の分からない状況すら楽しめたと語る。
ハンガリーの6日間走でアジア記録を樹立した際、どのような状況だったのか?
900mのコースを144時間走り続け、20分仮眠と走行を繰り返すうちに意識が朦朧。残り4時間の時点で直前3時間の記憶が完全に飛んでいた。それでも走り続け802.927kmでアジア記録を更新。帰国後の体脂肪は5%だった。
過酷なレースを続ける理由と、極限体験が人生観にもたらした変化とは何か?
「楽しいから」が最大の理由。砂漠から戻ると日本の日常すべてに感謝できて幸福度が上がる。SNSで発信するうちに学生がアルバイトで参加費を貯めて挑戦するなど若い世代への波及が起き、「ありがとう」と言われることもモチベーションになっている。
保育士からプロランナーへ――サハラ砂漠との出会い
美藤智美さんは1990年生まれ、東京出身の元保育士。保育士時代に無理なダイエットをしたことを機に「健康を伝える仕事をしたい」と考え、トレーナーを目指してランニングを始めた。「元保育士のトレーナーではパンチが弱い」と感じ、「いつでも・どこでも・誰でも始められる」ランニングで実績を作ろうとマラソン大会に出場。走るうちに楽しくなり、フルマラソン2時間59分(ホストの田中圭いわく男女差20分を考慮すると男性換算で2時間半台に相当)のサブスリーランナーへと成長した。
転機は「サハラ砂漠を走るマラソン大会がある」と聞いたこと。海外にも英語にも興味がなかった美藤さんが「なんて面白そうなんだろう」と直感し、その場で「サハラ砂漠で優勝して世界一になる」と宣言。以降、距離を伸ばしながら砂漠・ジャングルレースへの挑戦を重ねていった。
気温52度のサハラ砂漠――自給自足レースの現実
サハラ砂漠マラソン(約250km)は水だけ支給され、食料・寝袋・医薬品などすべてを自分で背負う7日間のステージレース。毎日フルマラソン相当の距離を走り、ゴール後は自炊・野宿してまた翌朝スタートする。1日最低2000kcalの食料持参が義務付けられており、スタート前には主催者が1品ずつ電卓でカロリーを確認する。美藤さんの荷物は食料・寝袋合わせて6.5kg、初日は水を加えて8〜8.5kgになる。身長152cmで小柄なぶん、生き延びるための最低食料量が少なく済んだことを「ラッキーだった」と振り返る。
初参加時は気温が52度まで上昇し、救助ヘリ2機でも対応しきれないほど参加者が次々と倒れた。美藤さん自身も熱中症になり「点滴を打ってほしい」とメディカルチームに訴えたが、「喋れているなら大丈夫、翌朝までここで寝ていても失格にならない」と告げられ、5分仮眠してまた歩き出した。足に無数の豆ができても、メディカルテントは行列で「歩いてこられるなら大丈夫」と断られるのが常。美藤さんは安全ピンをライターで炙り、自ら豆を潰して消毒液をかけ、乾かして対処した。補給食にはハードグミを持参し、走りながら固いグミをよく噛むことで胃腸トラブルを予防したという。
コスタリカジャングル240km――「走る大会なのに泳いでいた」
美藤さんが「一番大変だったレース」に挙げるのがコスタリカのジャングル240kmだ。コース上に川を10数km走る区間があり、最初は浅かった川がどんどん深くなり、身長152cmの美藤さんは足が届かなくなって泳ぐ羽目になった。「走る大会なのに泳いでいる」と思いながらも、「訳の分からないことすら面白い」と感じた。有刺鉄線の向こうにコースマーカーがある場面ではスタッフもいないままくぐって進んだ。コース沿いにはワニ注意の看板、七色の蛇、アリクイ、ピラニアの危険もあり、赤い鳥が飛び交う光景は「おとぎ話の世界みたい」だったという。なお、このコスタリカジャングルレースは初参加時にコロナ陽性となり前日PCRで引っかかって出走できなかった経緯があり、翌年リベンジを果たした思い入れの深い大会でもある。
ハンガリー6日間走802km――3時間の記憶が飛んだアジア記録
2026年9月にハンガリーで開催された6日間走(144時間)では、1周900mのコースを走り続けてアジア記録更新(従来の801kmを上回ること)を目指した。距離が決まっている砂漠ステージレースと異なり、制限時間内に何km走れるかを競う形式でセルフマネジメントが試される。美藤さんは食事も走りながら一口ずつ摂りながら20分仮眠と走行を繰り返したが、終盤は意識が朦朧として「なぜここにいるのか分からない」「みんなが逆走している」などの幻覚状態に陥った。残り4時間の告知を聞いた時点で、直前3時間分の記憶が完全に欠落していた。それでも走り続け、802.927kmでアジア記録を更新した。帰国後に体重計に乗ると体脂肪は5%まで落ちており、毎日約6000kcalを消費しながら食事に時間を割けず、慢性的なカロリー不足が続いた結果だった。
「砂漠に行ったら人生が楽しくなった」――挑戦を続ける理由
「なぜ体に悪いと分かっていてもやるのか」という問いに対し、美藤さんの答えは「楽しいから」の一言に尽きる。砂漠から戻ると、トイレの水が流れること、屋根があること、日本食がおいしいこと――それまで当たり前だったことすべてに感謝できるようになり「幸福度が上がる」という。参加費は賞金収入を大幅に上回り経済的なリターンはほぼないが、SNSで発信を続けるうちに学生がアルバイトで参加費を貯めたり、クラウドファンディングで挑戦したりするケースが生まれ、「ありがとう」と言われることが大きなモチベーションになっている。今年4月のサハラ砂漠270kmレースでは自撮りでは映せない葛藤や心の変化を記録するため、自費でドキュメンタリー映画を制作した。来年は1月にオマーン砂漠レース、2月にコスタリカジャングルレースへの参戦を予定している。
この回の要点
- 元保育士からサブスリーランナーを経てプロへ。「砂漠で世界一になる」という宣言が出発点だった
- 気温52度・自給自足・豆を自ら処置――サハラ砂漠の現実は日本の常識的な「辛い」とは別次元にある
- 極限体験が日常への感謝を生み、幸福度を高める。SNSで若い世代の挑戦を後押しすることも活動の核になっている
この記事は、配信音声の冒頭30分ぶんを機械で文字起こしし、それをもとに編集したものです。番組の公式な要約ではありません。正確な内容は本編をお聴きください。