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【深澤真紀】2026年10月20日 フランスや世界の若者のデモ
評論家の深澤真紀さんが、2026年10月にフランスで高校生25万人→55万人規模に拡大したデモを詳説。教育環境の劣化・生活費高騰への怒りを起点に、2025年に世界10カ国以上に広がったワンピース海賊旗デモ、そして日本の高校生がデモをしない構造的背景として1969年の文部省通知が46年間果たした役割まで掘り下げた。
この回が答えていること
フランスの高校生はなぜ、どれほどの規模でデモを起こしたのか?
老朽化した学校施設の改修要求、教員不足、富裕層に有利な大学入試制度への抗議が発端。10月6日に25万人、10月17日には労組・大学生も加わり55万人規模に拡大し、生活費高騰への抗議も加わった。
世界のデモでワンピースの海賊旗が使われたのはなぜか?
権力の腐敗や貧富の格差に抗議する若者が、権力に立ち向かうというワンピースのテーマに共鳴し海賊旗を抵抗の象徴として採用した。ペルー・ネパールでは政権大臣が辞任に追い込まれ、10カ国以上で使われた。
日本の高校生がデモをしない背景に何があるのか?
1969年に文部省が高校生の政治活動を実質禁止する通知を出し、46年間効力を持ち続けた。大学受験や就職を「人質」に取られる構造が重なり、抗議が将来に傷をつけるという恐れが社会に内面化されてきた。
学生運動の過激化という同じ経験をしながら、日本とヨーロッパでその後の対応がなぜ分かれたのか?
日本は学生運動の過激化を受けて政治活動を規制する方向へ進んだが、ヨーロッパは逆に18歳選挙権・模擬選挙・学内での政党訪問などで若者の政治参加を制度化した。この分岐が日本の30年停滞にもつながると深澤さんは指摘する。
2024年のアメリカ大学でのデモはどのような経緯で起きたのか?
イスラエルへの軍事支援に反対するコロンビア大学の学生がテント村を設置して抗議を続け、大学が警察介入を要請。逮捕・停学者が出たことで米国各地に拡大し、日本でも東大へのテント設置や早稲田でのデモが行われた。
フランスの高校生デモ:教育危機と格差への怒り
2026年10月6日、フランス全国で高校生25万人以上がデモに参加した。要求は三点に絞られる。老朽化した学校施設の改修、教員待遇の悪化による深刻な教員不足の解消、そして約10年前に変更された大学入学選抜制度の見直しだ。新制度は都市部や富裕層に有利な仕組みとなっており、パリ中心部のエリート校の高校生でさえ「格差は許せない」と参加した点が注目を集めた。
デモには暴動も発生し、当局は高校生を大量拘束。数千人規模が拘束されたとみられ、過剰な実力行使によって腕や目を失った高校生まで出たと欧州メディアは報じたが、日本ではほぼ報道されなかった。10月17日には労組・大学生・一般市民も合流して55万人規模に拡大し、生活費高騰への抗議も加わった。マクロン大統領は「正当な要求を訴える者と破壊・略奪を行う者を混同するな」と呼びかけ、政府も老朽校舎の修繕や臨時教員の確保に動き始めた。
ワンピースの海賊旗が世界のデモ旗に
2025年には意外な現象が世界に広がった。日本の人気漫画『ワンピース』の海賊旗がデモのシンボルとして各地で掲げられたのだ。ペルーやネパールでは政権大臣が辞任する事態にまで発展した抗議運動で使われ、インドネシア、フィリピン、東ティモール、モロッコ、エクアドル、ボリビア、マダガスカルなど10カ国以上に広がった。米国・フランス・ドイツなど先進国でも使われたが、アジアや南米の新興国が特に多かった。
背景には、権力の腐敗や過剰な貧富の差に苦しむ若者が「権力や圧政に立ち向かう」というワンピースのテーマに共鳴したことがある。出版社や作者からの公式声明はなかったが、深澤さんが大学の授業で紹介すると日本人学生のほとんどが知らなかった一方、ネパールやフィリピン出身の学生は「ワンピースの国なのにあの旗を使わないの?」と逆に驚いたという。
なぜ日本の高校生は声を上げないのか──69年通知の46年間
日本でも校舎の老朽化、エアコンのない体育館、使えなくなったプール、深刻な教員不足といった問題はフランスと変わらない。だが日本の高校生は抗議の声を上げない。その最大の背景として深澤さんが挙げるのが「1969年通知」だ。1968〜69年に学生運動が過激化したことを受け、当時の文部省は高校生の政治活動を実質的に禁止する通知を出した。部活への参加を義務化して政治活動から遠ざける意図もあったとされる。
この通知は2016年の18歳選挙権導入に先立つ2015年にようやく廃止されたが、実に46年間も日本の教育を縛り続けた。廃止後も私立高校などは校内の政治活動を独自に制限でき、選挙権を持つ生徒が通う学校内で政治活動が禁じられるという矛盾が残っている。生徒会も制服廃止などの要求をしなくなり、文化祭運営に特化するよう変化していったのもこの流れの中にある。
日本とヨーロッパの分岐点、そして今
ヨーロッパも1960〜70年代には日本以上に学生運動が激化した局面があった。しかしその後の方針が大きく分かれた。欧州各国は18歳成人・18歳選挙権を導入し、中学・高校に政党が訪問して模擬選挙を行う文化を育て、若者を政治の担い手として認める方向へ進んだ。その結果、20歳の国会議員や村長が生まれる社会になった。欧米の大学生にとってデモは昼休みにカジュアルに行うものであり、「今日は環境デモで欠席」という届けを学校に出せる国もある。
対して日本では大学受験や就職を「人質」にされてきた。デモに参加すれば内申書に傷がつく、就職できないと言われ続けた。フランスでは社会問題に取り組んだ経験がむしろ有名大学進学に有利に働くと深澤さんは指摘する。「若者の政治参加を抑えつけたことが、日本が30年間発展してこなかった背景に大きくある」というのが深澤さんの見立てだ。軍事費が増え続ける一方で教育予算が削られていく現状に「本当の将来に傷がつくのは抗議しないことだ」と語り、締めくくった。
この回の要点
- フランスでは教育環境の悪化と格差に怒った高校生が10月だけで25万人→55万人規模のデモに発展させ、政府が対応に動き始めた。
- ワンピースの海賊旗が2025年に世界10カ国以上の若者の抗議運動シンボルになっていたが、日本ではほぼ報道されなかった。
- 日本の高校生が政治的に沈黙してきた背景には、1969年の文部省通知から続く46年間の政治活動抑圧と、受験・就職を人質にした社会構造がある。
この記事は、配信音声の冒頭30分ぶんを機械で文字起こしし、それをもとに編集したものです。番組の公式な要約ではありません。正確な内容は本編をお聴きください。