「サンミュージック社長と芸人草野球リーグのコミッショナー」ゲスト:ブッチャーブラザーズ【2026.10.24 OA】
お笑いコンビ・ブッチャーブラザーズのリッキーさん(サンミュージック社長)とブッチャーさん(芸人草野球リーグコミッショナー)が登場。1988年に立ち上げた東京ビタミン寄席でダンディ坂野の「ゲッツ」やアンジャッシュ小島の「お尻を振る」ギャグを生んだ舞台裏を語り、10月31日に控える結成45周年単独ライブの詳細も明かした。
この回が答えていること
ブッチャーブラザーズが『関東芸人の父』と呼ばれるのはなぜか?
1988年に事務所の垣根を越えた笑いのライブ「東京ビタミン寄席」を立ち上げ、プチ鹿島・ダンディ坂野・アンジャッシュ小島ら多くの芸人を育てたことから。
リッキーさんはどのような経緯でサンミュージックの社長になったのか?
森田健作の現場マネージャー兼付き人としてサンミュージックに入社したのが始まり。人力舎への移籍を経て28年後に復帰し、3年前に社長に就任した。
ブッチャーさんが務める草野球リーグのコミッショナーとは具体的にどんな仕事か?
伊集院光・トータルテンボス・ぺこぱ松陰寺・鬼ヶ島ら10チームの試合を毎週金曜に5試合組み、球場抽選・審判手配・雨天中止の判断まで担う。以前は早朝6時にバイクで球場状態の確認に出向いていた。
ダンディ坂野の「ゲッツ」はどのように誕生したのか?
ブッチャーブラザーズがビタミン寄席で見て、多彩なネタをすべてやめさせ「出てきてゲッツと言うだけで行け」と判断してアドバイスした。つぶやきシローの落ち着いたスタイルが受けていたタイミングで、一発ギャグに勝機を見出した。
45周年単独ライブはどのような内容か?
2026年10月31日(土)、東京・中野ゼロ小ホールで午後4時開演。ゲストなしでコントと漫才の二本立て。オープニングのラップはダースレーダーが制作。500席のホールで収録時点では350席が販売済み。
東映京都から「笑ってる場合ですよ」へ
リッキーさんとブッチャーさんは東映京都撮影所の養成所で出会い、1981年にコンビを結成した。ブッチャーさんは当時23歳で、東映映画村が開設された際の最初のポスターに本名(山田香)で籠を持った姿として登場した人物でもある。撮影現場では高倉健と2度会い、「日本一の斬られ役」として知られる福本清三と一緒にチャンバラをやっていたというエピソードも披露した。
デビューの場となったのはスタジオアルタの人気番組「笑ってる場合ですよ」。全国10家庭に電話をかけ、6家庭以上が応答すれば合格というリアルタイム投票方式の審査で出演権を得た。B&Bの洋七・洋八両名に世話になり、当時の新宿は歩けないほどの人気だったと振り返った。
ビタミン寄席と育てた芸人たち
1988年、事務所の垣根を越えた笑いのライブ「東京ビタミン寄席」を立ち上げた。これが多くの芸人を育てたとして「関東芸人の父」と呼ばれるようになる由縁である。
番組ホストのプチ鹿島は「俺のバカ」というコンビ時代のネタをビタミン寄席にレギュラー的に出し続けてもらったと明かした。鹿島が質問を出し、相方がバカな答えを返すたびにブッチャーさんが地べたを叩いて「面白い!」と喝采するスタイルで、ムチは人を叩くためではなく床を叩くために使っていた。「今のコンプライアンスでは無理」と苦笑しながら振り返った。
ダンディ坂野へのアドバイスも印象的だ。滑り笑いを含む多彩なコントを全部やめさせ「出てきてゲッツと言うだけで行け」と判断。当時、つぶやきシローが落ち着いた雰囲気で受けていたタイミングで、逆にガンガン行く一発芸に勝機を見た、と語った。アンジャッシュの小島(現・渡部)には、ネタ見せの場で「お尻を振ってみたら」と一言アドバイスを送り、小島は今でも「どんなコントでもお尻を振ったらいい」と語り継いでいるという。
サンミュージック社長と草野球コミッショナー
リッキーさんはもともと、森田健作の現場マネージャー兼付き人としてサンミュージックに入ったのが出発点。人力舎への移籍を経て28年後に復帰し、3年前に社長に就任した。現在はB&Bの洋八もサンミュージックに所属している。社長業の予期せぬ恩恵として「稽古場を自由に取れること」を挙げており、今回の45周年ライブの稽古は社長室で行っているという。
ブッチャーさんは芸人草野球リーグのコミッショナーを務める。伊集院光・トータルテンボス・ぺこぱ松陰寺・鬼ヶ島ら10チームが参加し、毎週金曜日に5試合を組む。球場の抽選・審判の手配・雨天中止の判断まですべてコミッショナーが行う。以前は土のグラウンドが多く、試合当日の朝6時にバイクで球場の状態を確認しに行き、状況次第で中止を判断していた。現在は人工芝のグラウンドが増えたため早朝パトロールはほぼ不要になったという。
西川さんのサンミュージック加入とプチ鹿島との縁
現在サンミュージック所属で鹿島と東京FM・TBC東北放送で共演する西川さんは、子供の頃から中野区でビタミン寄席を観客として見ていたという。文化放送を退社する際に複数の事務所に話を聞く中でリッキーさんと面会。「俺がビタミン寄席を作ったんだよ」「三拍子や飛び石連休を知ってるか」と口説かれてサンミュージックへ入所した。その縁がプチ鹿島との番組共演、そして今回のゲスト出演につながった。
結成45周年単独ライブ
2026年10月31日(土)、東京・中野ゼロ小ホールで午後4時開演。ゲストなしでコントと漫才の二本立て構成で、オープニングのラップはダースレーダーが手がけた。500席のホールで、収録時点では350席が販売済みで約150席が残っている。ブッチャーさんのSNS(X・Threadsほか)にDMすれば取り置き対応も可能とのことで、当日は花輪が80基ほど届く見込みという。
この回の要点
- 1988年開始の東京ビタミン寄席はダンディ坂野の「ゲッツ」やアンジャッシュ小島の「お尻ギャグ」を生んだ場であり、ブッチャーブラザーズの具体的な一言アドバイスが起点だった。
- リッキーさんは「足軽から社長」という異色の経歴を持ち、ブッチャーさんは芸人草野球10チームの運営を一手に担うコミッショナーとして早朝パトロールまでこなしてきた。
- 結成45周年単独ライブは10月31日・中野ゼロ小ホール、ゲストなし二本立てでオープニングラップはダースレーダー作、収録時点で約150席が残っている。
この記事は、配信音声の冒頭30分ぶんを機械で文字起こしし、それをもとに編集したものです。番組の公式な要約ではありません。正確な内容は本編をお聴きください。