#76 AIと友達になれますか?
文芸評論家の三宅花歩が「友達」をテーマに語るシーズン。同性愛者として友情と恋愛感情の境界に悩むリスナー、婚活期に友人が減った体験を持つリスナー2通のメールを読み上げ、大人になるほど友達関係の維持が難しくなる構造を考察する。後半はAIを相談相手・恋人代わりにする若者の話題を軸に、「陽キャがAIと話す」という仮説や、男性2人組コンテンツが男女双方を引き付ける理由を「壁コンテンツ」理論で分析する。
この回が答えていること
同性愛者にとって友情と恋愛感情の境界はどのような苦しさをもたらすか?
深く共鳴した相手への気持ちがそのまま恋愛感情につながる可能性を常に秘めているため、「友情という枠に守られている安心感」と「その枠を一生超えられない絶望感」が背中合わせになると投稿者は語る。同性コミュニティ外では相談しづらく孤立しやすいという指摘を三宅も補足した。
パートナー探しや結婚・育児によって友人関係が減るのはなぜか?
婚活中はマッチングアプリで大量に人と会う必要があり友人に割く時間が消える。結婚後は転勤・育児でさらに会いにくくなる。三宅は「ずっと同じテンションで会い続けるのは難しい」としつつ、数年ぶりに再会しても別の話題で盛り上がれる関係に慣れることが理想と述べた。
AIを感情的な相談相手として使いこなせる人はどんな気質の人か?
三宅自身はAIに内面の悩みを相談できない「陰キャ」タイプで、「日記を書く方を選ぶ」と言う。逆に、わざわざAIと友達・恋人のように関わろうとする人は根が「陽キャ」=人と話すことが好きな人ではないかと仮説を立てた。
男性2人組のポッドキャストが男女双方に聴かれやすい理由は何か?
三宅の仮説では、男性複数人コンテンツは視聴者が「壁」として傍観しやすく、性別を問わず排除感を覚えにくい。女性複数人コンテンツはドラマ『ブラッシュアップライフ』の感想にあったように「自分がどこにいていいかわからない」と感じる視聴者が出やすく、結果として女性視聴者中心になりやすいと分析した。
推薦図書『AIに恋しちゃダメですか』はどのような内容か?
哲学・倫理学研究者の清水はやて氏による学術書。アリストテレスの友情論をAIに当てはめられるかという問いや、AI肯定・否定論それぞれが前提にしている哲学的立場の整理、カントの思想との接続、AIの権利論などを扱う。三宅は「倫理学入門としても読めるほど文章が読みやすい」と評した。
リスナー①:同性愛者として感じる「友情と恋愛の境界」の苦しさ
ペンネーム「太宰のおさむ」さんからのメールが冒頭に紹介された。「友達」という言葉は温かいと同時に、いつも胸を締め付けるものだという。理由は、送り主が同性愛者であり、深く共鳴し「もっと知りたい」と強く惹かれた相手への感情がそのまま恋愛感情へとつながる可能性を常にはらんでいるからだ。「友情という名前に守られている安心感」と「その枠を一生超えられないという絶望感」が常に背中合わせにある、と語られていた。
三宅は、異性と二人で会うことへの気まずさは性的指向に関わらず多くの人が感じているが、同性愛者の場合は同じコミュニティの外では相談もしづらく、理解されにくい分だけ孤立しやすいと補足した。また、「結婚しているから大丈夫」という社会的な見られ方—既婚者が異性と会うと「気がある」と勘繰られにくい—という話題もXでバズっていたとして取り上げ、実態はそれほど単純ではないと述べた。
リスナー②:婚活・結婚・育児で友人が減るメカニズム
「MEGシネマ・アメさん」(音声認識上の表記)からのメールでは、三宅の著書『夫婦不在社会』で提唱されていた「複数の友人がいる場で傷つきを離す」という考えへの共感が語られた。その一方で、20代後半から30代前半にかけて、パートナー探しと反比例するように友人が減ったという体感が報告された。
三宅はこれを「よくある話」として受け止めつつ、婚活期にマッチングアプリをフル活用すると「とにかく数をこなす」モードになり友人と会う時間が物理的に消えること、結婚後は転勤や子育てでさらに会いにくくなることを指摘した。理想は「5年ぶりに再会しても別の話題で盛り上がれる関係に慣れること」だが、そのためには「自然な再会の手立て」が必要だと述べた。フェスや、同じアーティストのライブが偶発的な再会の場になるという例として、10年来のネット友達とケンティー(中島健人)のタイライブで再会した友人のエピソードを紹介した。
AIを相方・相談相手にできるか──陽キャ仮説
ここから本題へ。三宅は「視点倉庫」が一人語り形式であることを引き合いに、相方がいるポッドキャストへの羨望を率直に語った。以前は作家の谷頭和樹と「コーナー本どうですか」という形式で共演していたが、スケジュール調整の難しさから継続が困難になったという。「相方をAIにやってもらおうか」と考えるほど切実だが、「三宅の喋りに自然なツッコミを入れてくれるAI」はまだ実現していないと笑った。
AIを恋人代わりにする若者が増えているというニュースについては、三宅自身はAIに内面の悩みを相談することができないタイプだと明かした。調べ物やスマホのトラブル相談はするが、自分の内面を打ち明けての悩み相談は「日記を書く方を選んでしまう」という。これは自分が「陰キャ」だからではないかという仮説を立てる。つまり、疲れたときに誰かと話したくなる「陽キャ」は24時間対応してくれるAIとも友達になれるが、「陰キャ」は一人の時間で完結しようとする、という論理だ。
さらに、自分の世代はインターネットをリアル人間関係とは切り離した「一人遊びの場」として使っていたが、下の世代はLINEやインスタグラムを「リアルの延長」として使っており、常時つながっていることが前提になっていると観察した。そのため若い世代ほどAIとの関係を友人・恋人的に構築しやすいのかもしれないと述べた。
「壁コンテンツ」理論:なぜ男性2人組は男女双方に聴かれるのか
三宅は日頃感じている疑問を「壁コンテンツ」という自家製概念で整理した。コンテンツを楽しむとき、視聴者は「壁」として傍観するか、「教室の生徒」として体験の一部になるかのどちらかだという。
BLジャンルで使われる「壁になる」という表現を借りて説明された。クイズノックは典型的な「壁コンテンツ」で、視聴者は「すごい人たちが問題を解いている」を純粋に観察する。一方、ドラマ『ブラッシュアップライフ』(バカリズム脚本、安藤桜主演)では地元の女性グループの関係性がリアルに描かれているがゆえに、一部の男性視聴者から「自分がどこにいていいかわからなくなる」という感想が出た。これは中に入れるか入れないかがパッキリ分かれる構造によるものだと三宅は分析した。
男性2人組のポッドキャストや深夜ラジオは視聴者が「壁」として安心して聴けるため、性別を問わず間口が広い。小説家たちによる男性2人組ポッドキャスト(「牛歩元年」「密通信」など)がじわじわ増えていることも、この文脈で紹介された。一方、女性ソロのコンテンツやラジオも多いが、女性複数人のグループトークは女性視聴者に偏りやすい傾向を感じると語った。「ラビット」(詳細は言及なし)については、壁でありつつも自然に輪の中に入れる感覚があると評した。
推薦図書:『AIに恋しちゃダメですか AIと生きるための倫理と哲学』
今週の一冊は清水はやて著の同書。タイトルとポップな表紙からエッセイと思いきや、哲学・倫理学の研究者による本格的な学術書だった、と三宅は笑った。人間とAI・動物・環境といった「人間以外の存在」との間でどう倫理を構築するかを長年研究してきた著者が、アリストテレスの友情論をAIに当てはめる試みや、AI肯定・否定論それぞれの哲学的前提の整理、カントの思想との接続、AIの権利論などを論じる。三宅は「倫理学入門としても読めるほど文章が読みやすい」と評し、AIニュースに触れて「これってどうなんだろう」と感じた人に特に勧めた。
この回の要点
- 友情と恋愛感情の境界や、婚活・結婚・育児による友人減少は性的指向を問わず多くの人が直面する構造的な問題であり、「自然な再会の手立て」の不足が根底にある
- AIを感情的な相談相手として使える人は「陽キャ」=人と話すことが本質的に好きな人であり、「陰キャ」は日記など一人完結の手段を選ぶという三宅の仮説は、AI活用と気質の関係を新しい角度から捉える
- 男性複数人コンテンツが男女双方に聴かれる理由を「壁になれるかどうか」で説明する「壁コンテンツ」理論は、ポッドキャストやYouTubeの視聴者構造を分析する独自の視点として提示された
この記事は、配信音声の冒頭30分ぶんを機械で文字起こしし、それをもとに編集したものです。番組の公式な要約ではありません。正確な内容は本編をお聴きください。