# ずん飯尾さんと芸人トーク!!設楽との共通点も?! - Show: 金曜JUNK バナナマンのバナナムーンGOLD - Published: 2026-10-19 - Canonical: https://podc.club/episode/1651797030_6582959b6ddf.html - Audio: https://pdst.fm/e/pscrb.fm/rss/p/traffic.megaphone.fm/TBS8011680072.mp3 - Source: この記事は、配信音声の冒頭30分ぶんを機械で文字起こしし、それをもとに編集したものです。番組の公式な要約ではありません。 ずん・飯尾和樹さんをゲストに迎え、一学年9クラス超のマンモス中学に通った群馬時代の話から、ラママを拠点にした若手芸人時代、ボキャブラブーム前夜の熱狂的なライブシーン、タモリから受けた「時代を追うな」という言葉、そしてバナナマンの作家になった経緯まで、芸人人生の年表を辿りながら語った。設楽との「北関東・同い年」という共通点も浮かび上がる。 ## この回が答えていること ### 飯尾さんは学生時代、クラスでどんな立ち位置だったのか? クラスのメンバー次第で変わると語る。波長が合う仲間がいれば「面白グループ」として動けたが、合わない年は4〜5人の内輪でウケるだけ。一学年9クラス超のマンモス校だったため、クラス替えのたびに環境が大きく変わった。 ### 若手芸人時代、飯尾さんはラママでどんな経験をしたのか? 「鳥(トリ)を取るまで他のライブには出ない」と決めてラママ一本に絞ったが、その枠は爆笑問題が押さえており取れずじまい。一方でネプチューン・抜群・ノンキーズなど後にブレイクする面々が同じ舞台に立ち、狭いハウスに客がギュウギュウ詰めになる熱気を間近で体験した。 ### 設楽がタモリから受けたアドバイスとはどんな内容だったのか? 設楽がジュニオさん経由で正月にタモリと会った際、「もっと上に行くにはどうすれば」と尋ねたところ、「時代を追うな。ブームに乗ろうとすると一生追いつかない。自分が面白いと思うことをやり続けていれば、時代が来た瞬間にスッと乗れる」と言われたと語った。 ### 飯尾さんが人間関係で大切にしていることとは何か? 好奇心旺盛で「別れた後の相手がどう帰るか」が気になり、こっそり確認するほど「その後」が気になる性格。一方、キャディへの態度が雑な人物を見た瞬間に「消去」を決めるなど防御も早く、嫌な人がいると分かっている飲み会には最初から行かないと明言した。 ### 飯尾さんはどういう経緯でバナナマンの作家になったのか? 相方がいなくなり作家への移行期に、「自分がやりたいコントを自分の演技力では実現できないが、バナナマンならできる」と気づき、「ならばバナナマンの作家になればいい」と考えたのがきっかけ。ジュイジュイで一緒に動く流れの中で自然とチームになった。 ## 本文 ## 群馬のマンモス校時代——クラスのメンバー次第で「面白いやつ」が決まる 飯尾さんと設楽は1973年生まれの同い年で、育ちも埼玉と群馬の北関東同士。飯尾さんの中学は一学年9クラス、全校1300人超のマンモス校で、修学旅行のバスが9台必要だったという。人数が多い分、2年に1回のクラス替えのたびに顔ぶれが変わり、「波長が合う仲間がいれば面白グループとして動けたが、合わない年は4〜5人の内輪で受けるだけだった」と振り返る。設楽も「東京の人口密度はこっちの比じゃない」と共感した。 ## ラママと若手時代——ボキャブラブーム前夜の熱狂 若手の頃、飯尾さんはラママというライブハウスを拠点にしていた。「鳥(トリ)を取るまでここ一本で行く」と決めたが、その枠は爆笑問題が長く押さえており取れずじまい。結局は別の場所へ移ることになる。 ただ当時のラママはひとつの時代の前夜だった。まだグリームだった頃のネプチューン、抜群、ノンキーズ、フォークダンスDE成子坂など、のちにボキャブラブームで売れていく顔ぶれが同じ舞台に立ち、狭いハウスに客がギュウギュウ詰めで入り「イテテテ」となるほどの熱量だったという。「全員面白いし、全員の熱量がすごかった」とバナナマンの二人は口をそろえた。ただし自分たちはそのブームには「乗り切れなかった」とも率直に語った。 堀内健(ネプチューン)の話題では、「本当に今もキラキラしている、ピーターパンのエキスが入っている」「ジョブチューンで一緒だが、夢を追い続ける姿が本当にすごい」と飯尾さんと設楽が揃って絶賛した。 ## タモリの言葉——「時代を追っちゃダメ」 ジュニオさんがタモリの運転手を務めていた縁で、設楽は正月に何度かタモリに会いに行ったことがある。そこで「もっと上のステージへ行くにはどうすればいいですか」と問うと、「時代を追っちゃダメだよ。来ているものを追うと一生追いつかない。自分が面白いと思うことをずっとやり続けていれば、運良く時代がポンと来た時にスッと乗れる」と言われたという。飯尾さんも「それが正解ですよね。バナナマンもそうだと思います」と深くうなずいた。 ## 好奇心と「防御の早さ」——人間関係の流儀 飯尾さんは子どもの頃から「その後」が気になる性分だ。小学生の頃、友達と別れた後にこっそり引き返して「あの子、どうやって帰るんだろう」と確認していたというエピソードを披露。「映画のエンドロール後のおまけシーンが好き」という話もこの延長上にある。「本質のさらに奥を見たい」という好奇心が根底にあると自己分析した。 一方で、嫌だと思った相手には素早く距離を置く。ゴルフ中にキャディへのクラブの渡し方が雑な人物を見ただけで、夕暮れの赤富士を眺めながら心の中で「消去」を決めたという。嫌な人がいると分かっている飲み会には「ごめん、用事がある」と言って最初から行かない。50代になっても新しい友人はできるが、若い頃のように誰とでも全開で仲良くなる感覚はもう薄れており、「二次募集も三次募集もない」と笑いながら語った。 ## バナナマンの作家へ——「あの二人ならできる」という確信 もともと芸人として活動していた飯尾さんだが、相方がいなくなる時期があり、作家業へ移行していく流れが生まれた。バナナマンとはそれ以前からの知り合いだったが、「自分がやりたいコントを自分の演技力では実現できない。でもバナナマンならできる。だったらバナナマンの作家になればいい」と気づいたことが転機になった。ジュイジュイで一緒に動く流れの中で自然とチームになり、現在に至るという。 ## この回の要点 - 飯尾さんとバナナマンは1973年生まれ・北関東出身という共通点を持ち、若手時代のラママというライブハウスを通じてボキャブラ前夜の熱狂を共に体験した - 設楽がタモリから受けた「時代を追うな、自分が面白いと思うことをやり続けろ」という言葉は、飯尾さんも含めたバナナマンの芸人哲学に深く響いている - 飯尾さんは「その後が気になる」好奇心旺盛な一面と、嫌な相手を即「消去」する鋭い防御本能を併せ持つ独特の人間関係観を持っている