# お悩み解消コーナー「相談は踊る」 - Show: ジェーン・スー 生活は踊る - Published: 2026-10-21 - Canonical: https://podc.club/episode/1630372322_699c05e5b61a.html - Audio: https://pdst.fm/e/pscrb.fm/rss/p/traffic.megaphone.fm/TBS4300587877.mp3 - Source: この記事は、配信音声の冒頭30分ぶんを機械で文字起こしし、それをもとに編集したものです。番組の公式な要約ではありません。 34歳の女性リスナー「シベリアンハスキー」さんから、九州の夫の実家での法事で女性だけが5時間給仕し続けた体験と、60代の親戚から「二人目やな」と言われた際にヘラヘラ笑うしかできなかった自分への怒りが相談として届いた。スーさんは縁の遠い親戚よりも、その場で夫が「欲しいです」と同調したことの方が問題だと指摘し、パートナーと連携して大きな価値観の壁に向き合う重要性を語った。 ## この回が答えていること ### シベリアンハスキーさんが九州の夫の実家の法事でどんな体験をしたか? 親戚20人が集まる法事で、女性だけが食事の準備・給仕・片付けを5時間こなす一方、男性陣は仏壇前でひたすらお酒を飲み続けた。終盤に60代の男性親戚から「二人目やな」と子供を求める発言をされ、夫も義母も同調した。 ### 「サスキュー」とはどういう言葉で、相談者にとってどんな意味を持つか? 「さすが九州」を略したSNS発の言葉で、九州の男尊女卑的な文化を揶揄する表現。相談者は九州生まれ・育ちで幼少期から「親戚の集まりにはエプロンを持参して役目を果たすように」と母に言われた環境で育ったと振り返り、その文脈で紹介した。 ### なぜ60代の親戚の発言がその場でまかり通るのか、スーさんはどう分析したか? 「本家」に集まる親族の場では、嫁は一個人でなく「一族の構成メンバー」として子孫繁栄を担う存在と位置づけられる。そのシステムの中では出産を求めることが当然とされており、東京ではたしなめられる発言もまかり通る構造になっているとスーさんは説明した。 ### ヘラヘラ笑ってしまった自分への怒りをスーさんはどう捉え直したか? スーさんは「自分を責めるよりも、夫が自分の味方側に立ってくれなかったことに傷ついているのでは」と捉え直した。ヘラヘラ笑う対処自体は縁の遠い相手への正しい選択であり、本当に消化できないのはパートナーが「欲しいです」と同調したことだと指摘した。 ### 根強い性差別的な価値観に、どのように向き合えばいいとスーさんは伝えたか? 「敵は巨大で根強く、既得権益とくっついている」として一人で戦わないよう伝えた。縁の遠い親戚に正しさで戦う必要はなく、心でバカと思いながらヘラヘラ笑えばいい。絶対に譲れない場面では戦ってよいが、その時は夫を最大の味方として連携することが重要だと述べた。 ## 本文 ## 法事で起きたこと——5時間の格差 九州の夫の実家で行われた法事。本家に親戚が20人ほど集まったこの場で、男性陣は仏壇の前でお酒を飲み続けた。一方、女性たちは食事の準備から給仕、後片付けまで5時間にわたって立ち働き、「端っこで小さくなっているだけ」の状態が続いた。相談者は心の中でブチギレながらも黙って座っていた。 終盤、60代の男性親戚が子供のいない別の夫婦に「来年までには子供やな、願っとくわ」と言い、シベリアンハスキーさん夫婦には「〇〇のところは二人目やな」と発言。夫は「そうですね、欲しいです」と同調し、義母も「もう一人作ってくれたら嬉しいです」と応じた。相談者は空気を読んでその場では笑うしかできなかった。 ## 「サスキュー」と自分のルーツ 友人から教わったという言葉「サスキュー」は、「さすが九州」を略したSNS発の表現で、男尊女卑的な文化・価値観を揶揄する意味を持つ。相談者自身、九州生まれ・九州育ちで30歳まで地元にいた。10代後半の頃から母に「親戚の集まりにはエプロンを持参して役目を果たすように」と言われ、女性が男性を立てることが普通だと本当に信じていたと振り返る。 結婚を機に本州へ引っ越したことで物理的に距離ができ、スーさんと中野信子さんの共著『女らしさは誰のため』を読んだことが価値観の転換点になった。日本初のセクハラ裁判を題材にした映画『ファーストボイス』を見て悔しくて泣いたことも書き添えられており、「戦ってくれた人がいたから今自分がおかしいと疑問に思える」と記した。 ## スーさんの分析——なぜこれがまかり通るのか スーさんはまず構造的な問題を整理した。「本家」という場では、嫁は一個人ではなく「一族の構成メンバー」として子孫繁栄を担う存在と位置づけられる。そのシステムの中では出産・子育てを求めることが当然とされており、東京ならたしなめられる発言もまかり通ってしまう。 より大きな文脈として、生まれた時の性別によって「どう生き、何をすれば社会からはじかれないか」が定義されてしまう日本社会の構造にも言及した。女性は「感受性が高く、優しく、我慢強く、みんなのために尽くし、結婚して子供を複数産み、さらに仕事でも輝く」ことを求められる。つまはじきにされる恐怖と結びついたその価値観が、大人しく男性を立てる方が「スムーズにいく」現実を生んでいると指摘した。 ## 本当の問題は誰の発言か スーさんが最も気にしたのは、縁の遠い60代の親戚ではなかった。「そうですね、欲しいです」と言った夫と、「もう一人作ってくれたら嬉しいです」と言った義母の発言だ。 縁の遠い親戚へは「心でバカと思いながらヘラヘラ笑えばいい」。子供を人質に取られているような状況で、まったく価値観の異なる60代に「立ち入りすぎ」と言っても伝わるはずがないし、親族全体から避けられるリスクは避けた方がいい。しかし、一番近くにいるパートナーが自分の味方でいてくれなかったことがモヤモヤの本質ではないかとスーさんは問いかけた。法事の帰り道に夫が「やだね、きつかったね」と言っていたかどうかが書かれていないことを気にしていると明かし、「自分へのヘラヘラへの怒り」より「夫が同調したことへの傷つき」ではないかと捉え直した。 ## 大きな壁とどう向き合うか 「敵は巨大で根強く、既得権益とくっついているから一人で戦わないでください。戦う時はみんなで一緒に」——スーさんはそう言い切った。不服を表すだけなら一人でもいいが、戦う時は最大の味方であるパートナーと協力体制を取ることが先決だと述べた。 一方、年に1回しか会わない人にイライラし続けるのは「もったいない」とも語った。絶対に譲れない場面では戦っていい。それは「たとえ自分の額を突き刺すブーメランになると分かっていても全力で投げたい時」に限る——スーさんが自身の経験として語ったたとえだ。60代の親戚への対応はそこには当たらないと結論づけ、柳のようにしなやかでありながら強さも持ち続けてほしいというエールで締めくくった。 ## この回の要点 - 縁の遠い親戚の心ない発言には「心でバカと思いながらヘラヘラ笑う」対処でよく、そこに正しさで戦う必要はない。 - 消化できないモヤモヤの正体は自己嫌悪ではなく、「一番の味方であるパートナーがその場で同調した」ことへの傷つきかもしれない。 - 性差別的な価値観という巨大な敵と向き合うには一人で戦わず、パートナーと連携しながら「絶対に譲れない場面」を見極めることが重要。