NIKKEI THE PITCH会議室 第26回 スタートアップの出口が変わる——IPOだけに頼らない資金回収の新ルート
日本のスタートアップはなぜ長年「IPO一択」だったのか。その構造的な理由を解説しつつ、非公開株の二次流通(セカンダリー市場)が世界規模で約40兆円に達していること、そして日本でもスマートラウンド証券の開業やハイジョジョパートナーズの動きなど具体的なプレイヤーが登場し始めていることを報告する。IPOもM&Aも目指さずに9000万円を調達したNESSの出口設計事例も取り上げ、スタートアップの資金回収手段が多様化しつつある現状と課題を整理する。
この回が答えていること
なぜ日本のスタートアップはIPO一択になりやすかったのか?
M&A文化が海外ほど厚くなく上場以外の出口が乏しかったうえ、VCはファンドの運用期限(約10年)が迫ると投資先に現金化を迫らざるを得ないため、IPOが唯一の現実的な選択肢になりやすかった。東証グロース市場の上場維持基準厳格化も「小さいうちは上場するな」という圧力を強めている。
世界の非公開株セカンダリー市場はどれくらいの規模で、どんな取引が行われているか?
直近1年間の取引規模は約2600億ドル(約40兆円)と推計される。NASDAQプライベートマーケットではAnthropicやOpenAIなど未上場の有力AI企業の株が機関投資家向けに売買されており、日本市場との規模差は圧倒的に大きい。
日本で非公開株の二次流通を担う具体的なプレイヤーにはどんな動きがあるか?
ハイジョジョパートナーズが海外機関投資家(フィデリティ、シンガポール政府投資公社など)向けに日本企業株の取り次ぎを目指している。また、金融庁の特例制度を活用したスマートラウンド証券が2025年10月2日に開業し、国内の機関投資家や事業会社へのVC保有株売却仲介を担い始めた。
IPOもM&Aも目指さないNESSはどのように資金調達し、投資家に回収手段を提供したのか?
先行投資が大きく数年間赤字が続くビジネスモデルのため返済義務のある銀行借入が合わないとして株式調達を選択。一定期間後に自社が株を買い戻す条件を設計することで投資家の回収手段を確保し、9000万円の調達を実現した。
日本のセカンダリー市場が本格的に拡大するうえで何が課題か?
非公開株には共通の市場価格がなくバリュエーションが難しく、売り手と買い手の価格認識のズレが生じやすい。買い手となる投資家の厚みもまだ不足しており、一般個人は情報開示水準の問題から参加が難しい構造的な限界がある。
日本がIPO一択になった構造的な理由
スタートアップの「出口(エグジット)」とは、創業者やベンチャーキャピタル(VC)が投資資金を回収する手段のこと。主な方法はIPO(株式上場)とM&A(他社による買収)の2つだが、日本ではM&A文化が海外ほど根付いておらず、IPOが事実上唯一の現実的な出口になりやすかった。
VCには「10年問題」がある。VCは機関投資家から預かった資金を約10年で運用し、元本と利益を返す約束をしているため、期限が近づくと投資先企業に上場を急かす構造的なプレッシャーが生まれる。また、非公開のまま株を売買できる市場が存在しなかったことも、上場を唯一の出口にしてきた要因だ。近年は東証グロース市場が上場維持基準を厳格化する方向で議論が進んでおり、「小さいうちは来るな、大きくなってから来い」という姿勢が強まっている。
世界40兆円のセカンダリー市場
非公開株の二次流通(セカンダリー市場)は、世界では既に大規模な市場となっている。直近1年間の取引規模は約2600億ドル(約40兆円)に達するという推計がある。NASDAQプライベートマーケットでは、AnthropicやOpenAIといった未上場の有力AI企業の株が機関投資家向けに売買されており、「上場していないから価値がつかない」わけではない実態が広がっている。日本との規模差は圧倒的で、「マーケットと呼べるものはまだ存在していない」状況だ。
国内で動き出した2つのプレイヤー
日本でも具体的な動きが出始めている。
**ハイジョジョパートナーズ**は、NASDAQプライベートマーケットのような海外セカンダリー市場を通じて、日本企業の株を海外機関投資家(フィデリティやシンガポール政府投資公社など)に売却する仲介を目指している。売り手として想定されるのは創業者、VC、大学系ファンドなど。海外マネーを日本のスタートアップに呼び込む窓口として期待される一方、世界水準の査定に耐えられる企業がどれだけ出てくるかが課題だ。
**スマートラウンド証券**は2025年10月2日に開業したばかりの証券会社で、金融庁が2025年に整備した特例制度を活用する。国内の機関投資家や事業会社へのVC保有株売却を仲介する役割を担い、年度内に数件の実績作りを目指している。参考となる事例として、Coral CapitalがスマートHRの株約150億円分を米国の投資会社に売却したセカンダリー取引がある。
現状の国内実態は、株を売りたいVCが投資先に上場を促すか、個別に別の投資家に声をかけて相対取引するかの二択が多い。スマートラウンド証券はこうした「台風の裏でこっそりやり取り」している取引を表舞台に出す役割を担う。VCから事業会社への持ち株移転が実現すれば、資本業務提携による事業シナジーといった前向きな効果も期待できる。
IPOもM&Aも目指さないNESSの出口設計
子ども支援事業を行うNESSは、IPOもM&Aも目指さずに9000万円を調達した事例だ。先行投資が大きく数年間赤字が続くビジネスモデルのため、返済義務と利子が生じる銀行借入は事業構造と合わない。そこで返済義務のない株式での調達を選びながら、一定期間後に自社が株を買い戻す条件を設計することで、VCやIPOを経由しない投資家の回収スキームを実現した。
セカンダリー普及の壁:バリュエーションと買い手不足
市場拡大の最大の課題はバリュエーション(企業価値評価)の難しさだ。上場株と異なり非公開株には共通の市場価格がなく、売り手と買い手の価格認識がずれやすい。過去の高い評価額を下回る「ダウンラウンド」も問題として顕在化している。AIツールで試算できるようになってきてはいるが、最終的な合意形成は難しい。
買い手側では、リグロースキャピタルマネジメントやケップルなどセカンダリー特化型ファンドが立ち上がりつつある。ただし一般個人の参加は情報開示水準の問題から現実的でなく、「十分な開示ができる会社はそもそもIPOすればいい」という構造が残る。政府はIPOとM&Aを並行検討する「デュアルトラック」の考え方を推奨しており、脊髄反射的な「起業→エクイティ調達→IPO」という思考からの脱却が求められている。
この回の要点
- 日本でIPO一択になりやすかった背景には、M&A文化の薄さとVCファンドの10年運用期限という構造的なプレッシャーがある。
- スマートラウンド証券が2025年10月に開業し、国内非公開株の二次流通市場の制度整備が始まった段階にある。
- セカンダリー市場普及の最大の壁はバリュエーションの難しさと買い手の厚み不足であり、一般個人の参加は当面難しい。
この記事は、配信音声の冒頭30分ぶんを機械で文字起こしし、それをもとに編集したものです。番組の公式な要約ではありません。正確な内容は本編をお聴きください。