島田秀平とオカルトさん!いまは日本チャートの100位圏外です
#289 怪談説法 三木大雲さん(後編)
浄土宗の僧侶・三木大雲が、亡くなった存在がこちら側に会いに来られるという仏教的な考え方を解説。幼少期に女装した男性に誘拐されかけた際、近所でその数日前に亡くなっていた大工に助けられたという体験を語る。さらに「人生最初の記憶はその人の人格を映す」という心理ゲームで、島田秀平・オリエンタルラジオ中田敦彦・カジエモンらの最初の記憶とそれぞれの生き様の一致を掘り下げる。
この回が答えていること
亡くなったペットや人は一周忌などの節目に会いに来ることができるのか?
亡くなった存在はこちらに来やすく、残された側が行きにくいと仏教の経典に記されている。三木によれば、向こうの世界の人は「会いたい」と思った瞬間にこちらに現れられるとされ、節目の日に先代猫のような行動が起きるのもそのためと解釈できる。
三木大雲が幼稚園入学前に体験した誘拐未遂で、彼を救ったのは本当は誰だったのか?
亡くなった後に駆けつけた父親とともにお礼を言いに行った大工は、すでに1〜2週間前に他界していた。犯人の女装男性が後日別の誘拐事件で逮捕されたことが判明し、三木はあの日の救助は亡き大工の霊によるものだったと確信している。
最初の記憶はその人の人格形成とどう結びついているのか?
最初の記憶は数ある記憶の中で最も強烈に刻まれた出来事であり、その後の人格形成に大きく影響するとされる。中田敦彦は「光に照らされる気持ちよさ」、カジエモンは「母を助けたい」、三木は「霊的な恐怖体験」が最初の記憶で、いずれも現在の生き様と符合する。
お線香を供える際に名前を指定しないとどうなると仏教の経典では書かれているのか?
三木によると、お線香を立てる際に「○○ちゃんへ」と名前を指定しないと、亡くなった存在が遠慮して受け取れないと経典に書かれているという。複数人に供えたい場合は一本ずつ名前を指定するか、束で「みんなで分けてください」と声に出せばよいとされる。
島田秀平の最初の記憶とは何で、それは彼の性格とどう一致しているのか?
島田の最初の記憶は幼稚園の卒園アルバム撮影で、他の子にはギャグを見せる先生が自分だけくすぐりで笑わせようとしたこと。全然楽しくなかったが「先生や後ろに並ぶ子が困る」と考えて無理に笑った。三木はこれを「場を優先する気遣いの原点」と評し、島田自身も自分の意見より場を円滑にすることを喜びにしがちだと認めた。
リスナー体験談:先代猫が一周忌に見せた不思議な行動
リスナー・あゆこさんの投稿から回は始まる。16年間一緒に暮らした猫が虹の橋を渡り、翌年に里親募集で新しい猫を迎えた。新しい猫はひどい人見知りで家族にも塩対応だったが、ある日だけ配達員にも家族にも甘えた行動を見せた。息子が気づくと、その日はちょうど先代猫の一周忌だった。「先代猫が甘え方の指導に来たのかも」と家族で笑い、翌日から人見知りが復活したという。
これを受けて三木大雲は仏教的な解釈を語った。「あの世に行った方は、こちらに会いに来ることができる。お経では、向こうの存在はこちらに来やすく、残された私たちの方が接触しにくい」。また、お線香を供える際は必ず「○○ちゃん、どうぞ」と名前を指定して立てないと、亡くなった存在が遠慮して受け取れないと経典に記されているとも付け加えた。複数の故人へ供える場合は一本ずつ名指しするか、束で「みんなで分けてください」と声をかければよいという。
島田も「うちのフレンチブルドッグのブランが2年前の夏に亡くなった後、まだ幼かった息子が『寂しくないよ、ずっとそこで遊んでるじゃん』と言い、しばらくブランがいつも寝ていたクッションで寝ていた」と自身の体験を重ねた。
幼少期の誘拐未遂:亡き大工が救ってくれた
三木が語った怪談説法の本題は、幼稚園入学前後の体験だ。些細なことで親に腹を立て「家出する」と宣言して玄関前の雨どいに座っていたところ、通りすがりの女性に「おもちゃを買ってあげる」と声をかけられ手を握られた。その瞬間、子供ながらに「女性の手じゃない」という違和感を覚え断ろうとしたが、声が男性のものに変わり、強引に引きずられた。
助けが入ったのは近所の大工だった。「ちょっと待て」と割り込んで腕をたたき、握られた手を引き離してくれた。三木は泣きながら家に戻り親に報告したが信じてもらえなかった。数日後、父親と一緒に大工の家に礼を言いに行くと、出てきたおばあちゃんが「大工はもう亡くなっています」と告げた。死後1〜2週間が経過していた。その後、女装していた男性は別の誘拐事件で逮捕され、テレビで顔を見た三木は「この人だ」と確信したが、親にはいまだに信じてもらえていないという。
三木はこの体験を普遍的な視点で語る。「偶然助かったと思っている出来事の裏に、心配してくれた霊が介入していることは往々にしてある。犯人側からすれば、手を握っていたのになぜか腕が痛くなって離してしまった、という不思議な現象として体験されているかもしれない」。
最初の記憶が映し出す人格:心理ゲームの面白さ
三木の誘拐体験が「幼少期の最初の記憶に近い」という話から、「あなたの一番最初の記憶は何ですか?」という心理ゲームの話題に発展した。三木によると、数ある記憶の中で最も強く刻まれている「最初の記憶」は、その後の人格形成に大きな影響を与えた出来事であることが多く、その人の生き様やアイデンティティが滲み出るという。
島田が実際に試した例として、オリエンタルラジオの中田敦彦の最初の記憶が紹介された。「生後何ヶ月かの記憶がある」という中田は、「病室の窓際に寝かされていた自分に、カーテンの隙間から太陽の光がスポットライトのように差し込んできて、気持ちいいと思った」と答えたという。三木は「注目を浴びることへの喜びがすでに刻まれている、パーフェクトヒューマンを生み出した人らしい」と評した。
もう一人の例はカジエモン。「幼稚園の頃、両親と3人で手をつないで歩いていた。後に両親は離婚するが、その時に『お母さんはいつも家事を頑張っている、自分もお手伝いしたい』と思ったのが最初の記憶」と答えた。現在家事情報を発信する活動と見事につながっていると島田は語った。
島田秀平の最初の記憶:気遣いの原点
島田自身の最初の記憶は幼稚園の卒園前日。卒園アルバムに全員の笑顔写真を収めようと、先生がカメラを構え、もう一人の先生が一発ギャグで笑わせながら撮影していくという企画があった。順番を楽しみに待っていた島田の番になると、先生は一発ギャグではなくくすぐり(こちょこちょ)で笑わせようとしてきた。
全然面白くなかったが「ここで笑わないと先生が悲しむ、後ろに並ぶみんなを待たせる」と考え、無理やり笑顔を作った。三木はこれを「周りのために自分を犠牲にする、修平菩薩の原点だ」と評した。島田自身も「自分の意見や考えより、場がうまく回る方が喜びになってしまう」と認め、「あの時先生が一発ギャグをしていたらギャガー島田になっていたかもしれない」と笑った。
この回の要点
- 亡くなった存在はこちら側に会いに来ることができ、お線香を供える際は名前を指定しないと遠慮して受け取れないと仏教の経典に記されている
- 三木大雲は幼少期の誘拐未遂で、すでに他界していた近所の大工に物理的に救われたと確信しており、後日その犯人が別の事件で逮捕されたことで記憶が裏付けられた
- 「最初の記憶は何か」という問いへの答えはその人の人格や現在の活動と一致することが多く、自己理解のための心理ゲームとして機能する
この記事は、配信音声の冒頭30分ぶんを機械で文字起こしし、それをもとに編集したものです。番組の公式な要約ではありません。正確な内容は本編をお聴きください。