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荻上チキ・Session~発信型ニュース・プロジェクト · ニュース

安田浩一さん~日韓国交回復の記念碑撤去から考える、日本社会の排他的ナショナリズム【FrontLine Session】

2026-10-19 · 29分 · 3分で読める

高知県の黒潮ホテル駐車場に2026年6月6日建立された日韓友好記念碑「東洋平和」が、わずか6日後にネット上の誹謗中傷とホテルへの抗議殺到により撤去された。ジャーナリストの安田浩一が経緯を詳報し、安重根と高知県人の歴史的つながり、元自民党重鎮による建立の経緯、そして排外主義的ナショナリズムが記憶と和解の試みを潰していく構造を語った。

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この回が答えていること

  • 高知県の黒潮ホテルにあった日韓友好記念碑はなぜ建立からわずか6日で撤去されたのか?

    除幕式のニュース報道直後、「テロリストを支援するのか」という電話・メール・ネット書き込みによる誹謗中傷がホテルに殺到し、客商売として風評を恐れたホテル側が撤去を決めた。建立からわずか6日後のことだった。

  • 記念碑に「東洋平和」と刻まれた理由と、安重根と高知県のつながりとは何か?

    「東洋平和」は安重根の著作『東洋平和論』から引用した言葉。高知とのつながりは、1910年の旅順裁判に関わった裁判長・検察官・弁護士・傍聴記者の多くが高知県出身者だったことによる。薩長藩閥の時代に土佐藩士は外地に出る者が多く、また自由民権運動の党人として安重根の信条に理解を示した人物が多かった。

  • 記念碑の建立を主導したのは誰で、どのような動機があったのか?

    元自民党大物議員の西森塩造氏。竹下登元首相から「日本は朝鮮半島を植民地支配し苦しめた。誠実に向き合わなければならない」と教えを受け、自らポケットマネー500万円を投じた。日韓友好と、韓国との協力が対北朝鮮上も必要との考えが動機だった。

  • 川口での街宣車問題に代表される日本の排外的ナショナリズムは今どんな状況にあるか?

    川口では外国人差別に反対する女性市議の事務所周辺に黒塗り街宣車が十数台連日押しかける事態が続いた。仮処分申請後に一時収まったが、移民・難民排斥デモは全国各地で継続。動員規模は小さくても「移民怖い」という気分が政治と相互補完しながら市民に浸透していくことを安田は危惧した。

  • 安重根をテロリストと一方的に断定することに安田浩一はどんな問題を見るか?

    伊藤博文も若い頃に品川のイギリス公使館焼き打ちなどテロ的行為に関与したが、日本人はそれをもって「伊藤博文はテロリスト」とは評価しない。1909年の時点では韓国併合前であり、植民地支配下の人々にとって抵抗運動は一種の戦争行為だったという文脈を踏まえる必要があると安田は指摘した。

川口の街宣車と全国に広がる排外主義

安田浩一は前日も川口に取材に赴いていた。外国人差別やヘイトスピーチに反対する女性市議の事務所周辺に、黒塗りの右翼街宣車が十数台連日押しかけ、「売国奴」「川口から出ていけ」「外国人を擁護する市議はいらない」と叫ぶ事態が続いていた。先週金曜日に街宣禁止を求める仮処分申請が行われ、安田が訪れた日はとうとう右翼が現れなかったという。

かつての右翼は仮想敵国や国内の共産党・労働組合・革新政党を攻撃対象としていたが、今は在留外国人やその権利を守る人々へ矛先を向けるケースが定例化しつつある。全国のヘイトデモは動員規模こそ数百人規模ではないものの、継続的に行われている。荻上チキは「外国人=犯罪」という連想の結びつきが政治の議論のスタート地点になってしまう構造を指摘し、長期的に見れば刑法犯認知件数は減少傾向にあるにもかかわらず治安悪化の「主体」として外国人が認識されてしまうことへの危惧を示した。

高知・黒潮ホテルの記念碑、6日での撤去

この日のFrontLineセッションの本題は、安田が月刊誌「ちくま」の連載「歴史破壊の現場から」で取り上げた事案だ。高知県の黒潮ホテル駐車場に、「東洋平和」と刻まれた日韓友好記念碑が2026年6月6日に建立された。ところが除幕式のニュースが報じられた直後からネット上で炎上し、「テロリストを支援するのか」「テロリストの記念碑を作るとは何事か」という電話・メール・書き込みがホテルに殺到。客商売として風評被害を恐れたホテル側は、わずか6日後の6月12日に碑を撤去した。

碑に刻まれた「東洋平和」は、1909年にハルビン駅で伊藤博文を暗殺した安重根の著作『東洋平和論』から引用した言葉だ。なぜ高知かというと、事件後の旅順裁判に関わった裁判長・検察官・弁護人・傍聴記者の多くが高知県出身者だったためである。薩長藩閥が幅を利かせた明治期、土佐藩士は外地に出る者が多かったこと、そして多くが自由民権運動の党人であったため、安重根の信条に一定の理解を示したとされる。死刑という判決は変えられなかったが、心情的には理解できるものがあったと安田は歴史研究者への取材から説明した。

元自民党大物議員が500万円を投じた建立の動機

建立を主導したのは元自民党の大物議員・西森塩造氏。高知の保守政界の大物で、竹下登元首相の薫陶を受け、「日本は朝鮮半島を植民地支配し苦しめてきた。誠実に向き合わなければならない」という教えに基づき、長年日韓友好のために尽力してきた人物だ。また反共の観点から日韓協力が不可欠との考えも持っていたと安田は付け加える。自らポケットマネー500万円を投じて碑を作り、意義のあるホテルの敷地内に建立した。除幕式には地元県議や韓国からの来賓も参加し盛大に行われたが、ネット炎上によって撤去に追い込まれた。

安田が取材すると、西森氏は「諦めない。別の場所を見つけて建て直す」と語っていたという。ネットの動向には疎い部分もあるようだが、熱意は失っていないと安田は伝えた。

安重根評価と歴史的文脈

「テロリストか英雄か」という二項対立を安田は問い直す。安重根暗殺事件の翌年1910年には韓国併合が行われており、植民地支配下に置かれた朝鮮半島の人々にとって抵抗運動は一種の戦争行為だったという認識が韓国では根強い。また伊藤博文自身も若き日に品川のイギリス公使館焼き打ちなどテロ的行為に関与していたが、日本人の多くはそれをもって「伊藤博文はテロリスト」とは断定しない——この非対称性を安田は指摘した。

荻上も初めて韓国を訪れた際にソウルの安重根記念館を訪れた経験を語り、時代背景や人物像の説明を通じて「こういった経緯を経れば、こういった着地をする人が出てくるのはおかしくない」という理解を得られたと述べた。両者は、肯定か否定かの前に「何が起きたのか、なぜそうなったのか」を歴史として読み解く作業の重要性を強調し、日本が過去と誠実に向き合うことなしに真の友好はないとの見解で一致した。

この回の要点

  • 高知の黒潮ホテルに建立された日韓友好記念碑「東洋平和」は、ネット炎上とホテルへの抗議殺到により建立からわずか6日で撤去された。
  • 元自民党大物議員が500万円自腹を切って建立した碑は、安重根と高知県人の歴史的つながりを踏まえた日韓和解の試みだったが、「テロリスト支援」という単純化された批判に屈した。
  • 日本各地で外国人・移民排斥デモが継続し、「外国人=犯罪」という連想が政治と相互補完しながら市民に浸透していく構造を安田浩一は最大のリスクと位置づけた。

日韓関係安重根ヘイトスピーチ排外主義歴史認識

この記事は、配信音声の冒頭30分ぶんを機械で文字起こしし、それをもとに編集したものです。番組の公式な要約ではありません。正確な内容は本編をお聴きください。