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須田桃子~ノーベル生理学・医学賞を受賞した「光遺伝学」
今年のノーベル生理学・医学賞に選ばれた「光遺伝学(オプトジェネティクス)」を科学ジャーナリストの須田桃子が解説する。脳内の特定の神経細胞を光でオン・オフする技術の発見経緯、スタンフォードのカール・ダイセロス博士やMITの利根川進教授らの業績、網膜疾患やうつ病への臨床応用の現状、そして「感情を消す」実験が示す倫理的リスクまでを、具体的なマウス実験の事例を交えて掘り下げる。
この回が答えていること
光遺伝学(オプトジェネティクス)とはどのような技術か?
脳内の狙った神経細胞だけを光で瞬時にオン・オフできる技術。約860億個のニューロンの中から特定の細胞だけを精密に制御でき、脳科学のほぼすべての研究室で不可欠な道具になっている。CRISPR-Cas9と並ぶほど急速に世界中に普及した。
光遺伝学はどのような経緯で生まれたのか?
単細胞の緑藻が光に向かって泳ぐ現象に着目したドイツのヘイゲンマン博士・ナーゲル博士が光反応タンパク質チャネルロドプシンを発見。スタンフォードのダイセロス博士がこれを神経科学に応用し、2005年にラット神経細胞での光制御を実証、2年後には生きたマウスの脳でも成功を報告した。
従来の脳研究手法と比べて光遺伝学の何が革命的だったのか?
従来の電極刺激は周囲の細胞も巻き込み脳組織を傷つけ、薬剤はタイムラグがあるため因果関係を示しにくかった。光遺伝学は特定細胞だけを瞬時に制御できるため、「どの回路がどの反応を生むか」を正確に実証できるようになり、記憶・感情・社会性記憶の研究が大きく進んだ。
光遺伝学はどのような病気の治療に応用されようとしているか?
最も研究が進んでいるのは光感受細胞が失われる難病・網膜色素変性症で、臨床研究が複数進行中。精神科医でもあるダイセロス博士はうつ病など精神疾患への応用を最大目標に掲げており、目の治療の成功が突破口になると期待されている。
光遺伝学の悪用リスクや倫理的課題とはどのようなものか?
東大の奥山照弘氏の実験では、マウスの嫌悪感情に関わる脳回路を光で弱め「嫌い」という感情を消すことに成功。感情や好感度の人為的操作や「光ロボトミー」的な悪用、治療名目での患者の権利軽視が懸念され、研究者自身の倫理観と継続的な議論の必要性が指摘された。
須田桃子が語るノーベル賞シーズンの楽しみ方
毎日新聞科学環境部の記者とNewsPicksの副編集長を経てフリーランスに転じた科学ジャーナリストの須田桃子は、ノーベル賞シーズンには公式発表の動画とプレスリリースを欠かさず確認するという。プレスリリースにはポピュラー版と専門的な版の両方が出るため、読み比べるのが楽しみだと話す。光遺伝学については「だいぶ前から期待されていたテーマだったが、医療応用がまだ始まっていなかったから受賞に届かなかった可能性がある」とし、いくつかの臨床研究がスタートしたことが今回の受賞の後押しになったのではと分析した。
ニュース解説:北海道新聞記者のロシア拘束
この日のニュースで取り上げられた北海道新聞記者のサハリンでの拘束について、須田は元新聞記者の立場から強い懸念を示した。「ウクライナ侵攻に参加した兵士の情報を集めていた」とするロシア側の主張に対し、「それは通常の取材活動でも当然取材するテーマ」と指摘。拘束の様子が動画で公開されたことを「人権侵害」と批判し、こうした事例の繰り返しによる現地取材の萎縮を最も懸念すると語った。「他の記者も決して萎縮しないでほしい。報道の自由は知る権利を担保するために本当に重要なことだ」と訴えた。
光遺伝学とは何か
この回のメインテーマは、今年のノーベル生理学・医学賞に選ばれた光遺伝学(オプトジェネティクス)だ。須田は「脳内の狙った神経細胞だけを光で瞬時にオン・オフできる技術」と一言で説明する。脳には約860億個のニューロン(神経細胞)があり、一つ一つが数千〜1万個の別のニューロンとシナプスでつながって複雑なネットワークを形成する。そのネットワークの変化が記憶・感情・行動を生み出しているが、従来は特定の細胞だけを精密に操作する方法がなかった。2020年のノーベル化学賞を受賞したCRISPR-Cas9と同様、光遺伝学も世界中の脳科学研究室に急速に普及し、いまや「なくてはならない道具」になっている。
発見の経緯:藻への純粋な好奇心から
光遺伝学の出発点は、単細胞の緑藻が光に向かって泳ぐという現象への純粋な好奇心だった。ドイツのヘイゲンマン博士とナーゲル博士は、藻が人の目の20倍以上の速さで光に反応する理由を研究し、光反応タンパク質「チャネルロドプシン」を発見した。この遺伝子をハムスターなど哺乳類の細胞に導入したところ、本来光に応答しないはずの細胞が光に反応するようになった。
この成果を神経科学に転用したのが、スタンフォード大学のカール・ダイセロス博士だ。神経細胞を精密に操作する方法を探していた彼はチャネルロドプシンの論文を読んで「これは使える」と直感し、2005年にラットの神経細胞での光制御を実証、2年後には生きたマウスの脳でも成功を報告した。今回のノーベル賞はこの3名が受賞している。
須田は2018年にダイセロス博士が京都賞を受賞した際にインタビューを行った。印象的だったのは「競合する他の研究室の存在を全く気にしていなかった、自分しかやっていないと思っていた」という言葉と、「異分野融合」の重要性の強調だ。光学・遺伝子操作・ウイルスベクター技術を組み合わせたこの技術は異分野融合の産物であり、精神科医として患者と接する経験もダイセロス博士の動機になっているという。今年7月に逝去したMITの利根川進教授はダイセロス博士と共同研究を行い、2012年に「特定の記憶にどの神経細胞が必要か」を光遺伝学で実証した論文を発表。この論文はノーベル委員会のプレスリリースでも言及されている。
医療応用の期待と「感情操作」の倫理的リスク
臨床応用で最も進んでいるのは目の難病・網膜色素変性症だ。光に反応する細胞が失われていく患者にチャネルロドプシンを導入し、デバイスと組み合わせて視力回復を目指す臨床研究が複数進行中という。これが突破口になれば、将来はうつ病などの精神疾患への応用も視野に入る。精神科医でもあるダイセロス博士は、患者の苦しみを軽減したいという思いを研究の大きなモチベーションに掲げている。
一方で倫理的リスクも俎上に載った。東京大学の奥山照弘氏の実験では、他のマウスから繰り返し攻撃されて嫌悪感を持つようになったマウスの、嫌悪感情に関わる脳回路を光遺伝学で弱め、その感情を消すことに成功した。光で操作した後、そのマウスは攻撃してきた相手を避けなくなった。須田は「感情や好感度を操作できてしまう可能性がある」と語り、「光ロボトミー」的な悪用や、「家族への嫌悪感を消しましょう」と根本的な問題を無視するような治療への懸念を示した。研究者自身が倫理観を持ち継続的に議論することが不可欠だと指摘している。
この回の要点
- 光遺伝学は単細胞の緑藻研究への純粋な好奇心から生まれた技術で、特定の神経細胞だけを光でオン・オフし因果関係を厳密に示せる点で脳科学を革新した。
- 網膜色素変性症への臨床研究がすでに進行中で、精神科医でもあるダイセロス博士はうつ病など精神疾患への応用を最大目標に掲げている。
- マウスの「嫌い」という感情を光で消す実験が成功しており、感情操作・「光ロボトミー」的悪用への倫理的懸念が研究者間でも共有されている。
この記事は、配信音声の冒頭30分ぶんを機械で文字起こしし、それをもとに編集したものです。番組の公式な要約ではありません。正確な内容は本編をお聴きください。