#632 「あれ、俺がやったんだよ」は本当に最悪…渋谷のバー店主「若者に一発アウトなおじさんの昔話」3選
渋谷のワインバー「バーボッサ」店主・林伸次さんの著書『おじさんになっても』(ディスカバー21)から、プレジデント編集長が2本の記事を紹介する回です。若者に嫌われる「おじさんの昔話」3選と、バーで客がボトルを投げつけたトラブルを常連客が仲裁したエピソードを取り上げます。
この回が答えていること
渋谷のバー店主・林伸次さんが指摘する、若者に嫌われる「おじさんの昔話」3つとは何か?
若者への聞き取り調査で見えてきた一発アウトな昔話は、1つ目が「あれ、俺がやったんだよ」という自慢話、2つ目が「これ昔あったけど知らないでしょ」という話、3つ目が「あの頃は良かった」という昔話である。
なぜ「あれ、俺がやったんだよ」という自慢話は嫌われるのか?
自慢話は、実際には名前がクレジットされた程度に過ぎない場合が多いにもかかわらず誇張して語られがちで、本当にすごい人ほど自分からアピールしないものだと林さんは指摘しているからである。
バーでボトルを投げつけられたトラブルは、どのように収まったのか?
別テーブルにいた2人組の客が仲裁に入り、1人が暴力はいけないと男性を制し、もう1人がグラス代だけ払って帰るよう提案したところ、男性が財布から1万円を出して収まった。
おじさんにしかできない「仲裁」とはどのような行為か?
場数を踏んでいること、相手の意地がどこにあるかをその場で読む力、この人が言うなら仕方ないと双方に思わせる存在感がそろって初めて成立する仲裁であり、後輩の失敗談を語ったり後始末を手伝ったりすることも含む。
プレジデント編集長は自身の父親の世代についてどう振り返っているか?
1943年生まれの父親の亭主関白的だった昭和の家庭観を振り返りつつ、就職氷河期世代の同級生にも触れながら、それでも今の時代の方が確実に良くなっていると結んでいる。
若者に嫌われる「おじさんの昔話」3つ
渋谷のワインバー「バーボッサ」店主の林伸次さんの著書『おじさんになっても』(ディスカバー21)を題材に、プレジデント編集長が2つの記事を紹介する回。まず紹介されるのは、若者に聞き取り調査をして見えてきた「一発アウトな昔話」3選。1つ目は「あれ、俺がやったんだよ」。あのCMは俺が作った、あのフェスは俺が運営してた、といった自慢話だが、実際は名前がクレジットされた程度だったりすることが多く、本当にすごい人ほどアピールしないと林さんは指摘する。2つ目は「これ昔あったけど知らないでしょ」という話。林さんの記事は料理雑誌「ダンチュウ」を例に、「ダンチュウをご存じないんですか」と言ってしまいがちだが、それは自分が若い頃に上の世代から「知らないなぁ」と笑われて嫌だったのと同じ構図だと気づいた、というエピソードを紹介する。3つ目は「あの頃は良かった」という昔話。メールがなかった時代は電話や手紙で告白するしかなく、心と心のぶつかり合いだった、という語りに対し、林さんはインターネットのおかげで出会えた縁もあると反論する。
バーで実際にあった一触即発の修羅場
2つ目の記事は、バーで暴れた客を常連客が仲裁したエピソード。深夜、「もっとちゃんと説明しろ」と絡んできた男性客に会計をお願いしたところ、連れの女性客も一緒に騒ぎ出し、男性がボトルを投げつけてグラスが割れる事態に。警察を呼ぶしかないかと思ったそのとき、別のテーブルにいた2人組の客が立ち上がり、1人が「暴力はいけない」と男性を制し、もう1人が双方の言い分を聞いて「飲み代は要らないが、グラス代だけ払って帰りませんか」と提案。男性は財布から1万円を出して収まり、カップルは円満に帰っていったという。
「仲裁」はおじさんにしかできない
林さんはこの体験から、場数を踏んでいること、相手の意地がどこにあるかをその場で読む力、そして「この人が言うなら仕方ない」と双方に思わせる存在感がそろって初めて仲裁ができる、と分析する。それは年齢でしか得られないものであり、若くしてミスを犯した後輩にそっと近づいて自分の失敗談を語ったり、後始末を手伝ったりすることも、広い意味での「仲裁」だと述べる。
おじさんであることは罪なのか
プレジデント編集長は自身の父親(1943年生まれ)の話を交え、亭主関白的だった昭和の家庭観や当時のお茶のCMなどを振り返りながら、「おじさんだけダメ」と言われる今の時代の難しさに触れる。自身は慶應義塾大学文学部卒で、就職氷河期世代の最後の方に当たると明かし、正規雇用につけなかった同級生の存在にも言及する。それでも「今の時代の方が確実に良くなっている」とし、性別や年齢にとらわれずに物事が運ぶ社会を望ましいと結ぶ。
この回の要点
- 「あれ俺がやったんだよ」「知らないでしょ」「あの頃は良かった」が若者に嫌われるおじさんの昔話3選。
- バーでボトルを投げられたトラブルは、常連客が双方の顔を立てて仲裁したことで円満に収まった。
- 場数と存在感で場を収める「仲裁」こそ、経験を積んだおじさんにしかできない役割だと語られる。
この記事は、配信音声の冒頭30分ぶんを機械で文字起こしし、それをもとに編集したものです。番組の公式な要約ではありません。正確な内容は本編をお聴きください。