第702回「みんなアンドレ論」
プロレスのテリトリー制を軸に「誰でも自分の島を持てばそこでは主役になれる」という論を展開。東京ポッド許可局自身がラジオという一つの島を作れたことを確認しつつ、50代以上の女性専門誌『ハルメク』が2025年下半期に全雑誌販売部数1位になった事例を引き、「地下芸人」と自称することの危うさや多軸化する芸能界で逆に人気が一点集中する逆説まで論じる。
この回が答えていること
プロレスのテリトリー制はなぜ現代の芸能・メディア界の構造に重なるのか?
かつてのプロレス界は各地域に主がいてそれぞれのテリトリーを持ち、その中では各自がメインイベンターだった。アンドレ・ザ・ジャイアントは例外的にどのテリトリーでも超一流として迎えられた。今のテレビ・ラジオ・YouTube・落語界なども独立したテリトリーを持ち、それぞれに中心人物がいるという点で同じ構造だと三人は論じる。
東京ポッド許可局のような暴流の番組が自信を持てる根拠は何か?
テレビというリングでは端役になっても、許可局というラジオの島では熱狂的な客がいて、林真理子のような大物も来てくれた実績がある。島を作れたこと自体が成果であり、暴流であることへのコンプレックスを持つ必要はないという結論。
雑誌『ハルメク』はなぜ全雑誌販売部数1位を達成できたのか?
50代以上の女性だけに絞り込み、墓じまい・就活・メイクなど年代特化の情報を提供したから。人口の厚い層が求める専門誌の空白を埋めた結果、2025年下半期に45.9万部・8期連続で国内全雑誌販売部数1位を達成した。
「地下芸人」と自称することがなぜ問題なのか?
メジャー側が求める「わかりやすいストーリー」に自分をはめ込む行為になるため。望んでそうなったわけでもないのに外から貼られたラベルを自ら内面化することは、「人見知りですから」と自称するのと同じで自分の島の価値を下げると三人は指摘する。
多軸化・細分化が進む一方で仕事や人気が一点に集中する逆転現象はなぜ起きるのか?
軸が多数になると人は「誰もが知っている」ものを求め始め、結果として有名どころに仕事と注目が集中する。M1グランプリで優勝しなければ漫才師として認められない仕事が多数あり、20年間で20組のチャンピオンに仕事が集中する構図がその典型例として挙げられる。
プロレスのテリトリー制という「地図」
先週の「我々は暴流である」という議論を受け、マキタスポーツが持ち出したのが子供の頃に見ていたプロレスの地図だ。かつてのプロレス界には各地域に主がいて、それぞれのテリトリーで興行を打っていた。メキシコのエル・カネック、ヨーロッパのオットー・ワンズ、テキサスのジェリー・ローラー、ヨーロッパのローラン・ボック——日本の猪木の興行に来日した際は脇役に映っても、自分のテリトリーに戻ればメインイベンターとしてアンドレ・ザ・ジャイアントを迎え撃つ側に立つ。エル・カネックはメキシコでアンドレを投げており、本国ではスターだった。アンドレだけがどのテリトリーへ行っても超一流として扱われる、唯一の存在だった。
この構図が今の芸能・メディア界に重なると三人は見る。ハルク・ホーガンは新日本プロレスで修行時代を過ごし、売れかけているタイミングで映画『ロッキー』への出演を決断した。「今売れかけてるのに映画なんか出てる場合じゃない」という声もあったが、出演後に一気にスターへと駆け上がった。テリトリーを横断する判断が飛躍を生んだ典型だ。タイガー・ジェット・シンも本国では無名だったのが日本でブレイクし、スタン・ハンセンも日本がメインマットになった外国人レスラーの一人だ。
許可局という島、それぞれのアンドレ
この地図論を自分たちに当てはめると、東京ポッド許可局はラジオという一つの島を持てたことになる。テレビに出れば「エルカネック状態」でも、許可局のイベントには岩井さんや古田さん、ラジオの放送では林真理子という「アンドレ」が来てくれた。熱狂的な観客の前で、許可局はその島のメインイベンターだった。「暴流なんだけど世界地図から言えば中心じゃない、でも島を作れた」という認識が三人の共通認識として確認される。
マキタスポーツは俳優業界という別のテリトリーも持ち、プチ鹿島は学者業界・演芸業界とも交わる。いくつの世界・地図と交われるかが今面白がられている、とまとめる。落語の世界でも、立川流以外から一之輔師匠や宮治師匠が台頭し、講談の神田伯山がラジオパーソナリティとして大人気を得るなど「多元宇宙的な」展開が起きており、板で結果を残してきた人間が取りこぼしなく評価されていると三人は評する。
『ハルメク』が証明するニッチの力
話題は雑誌業界へ。50代以上の女性だけをターゲットにした雑誌『ハルメク』が、2025年下半期に45.9万部を売り、8期連続で国内全雑誌販売部数1位になっているという話を三人とも「全然知らない」と驚く。墓じまい・就活・メイクなど年代に特化した情報を提供し、まだ雑誌にお金を落とす文化が残る層を丸ごと取り込んだ形だ。プチ鹿島が連載を持つ『婦人公論』も同様に、女性シニア層向けの特集が誌面の中心になっているという。「いつまでも自分たちが中心だと思っていたものが、中心じゃなくなっている可能性がある」とマキタは指摘する。
「地下芸人」と自称することの罠
タコツボ化・細分化が進む中で浮かぶのが「地下芸人」という言葉だ。サンキュータツオは「自分では絶対に言わない」と断言する。「人見知りですから」と自称するのと同じで、メジャー側が求めるわかりやすいストーリーに自分をはめ込む行為に過ぎない。「望んで残り汁になったわけじゃない」のに、外から貼られたラベルを自ら内面化してはいけない。第三世界・発展途上国という言葉が外部の視点から押し付けられたものであるのと同じ構造だ、と三人は見る。地下芸人という概念そのものが商品・パッケージ化されてきているが、その枠に自分から収まることの危うさを強調する。
多軸化の時代と逆説的な中心集中
お笑いブームやエンタの時代は「テレビに出ない奴は芸人じゃない」という唯一軸だったが、今は配信・ライブ・ラジオなど複数の軸がある。その恩恵で許可局のような存在も生きられる。しかし多様性の時代は同時に「一興の時代」でもあり、みんなが知っている人がより強くなる逆転現象も起きる。M1グランプリで優勝しなければ声がかからない仕事が山ほどあり、20年間のチャンピオン20組に仕事が集中する。結局「大きい成功」は得にくくなっている一方、「この規模でいい」と証明できる数字や熱量が以前より可視化しやすくなった点は変わったと三人は実感している。
この回の要点
- プロレスのテリトリー制のように、自分の「島」を持てればそこでは主役になれる——許可局はそれを実現した暴流の成功例だ。
- 50代以上専門誌『ハルメク』の45.9万部・全雑誌1位は、ニッチに特化した「島」が既存のメジャー誌を数字で凌駕できる時代を示す。
- 「地下芸人」と自称することは外部のラベルを自分で内面化する行為であり、自分のテリトリーの価値を自ら下げることになる。
この記事は、配信音声の冒頭30分ぶんを機械で文字起こしし、それをもとに編集したものです。番組の公式な要約ではありません。正確な内容は本編をお聴きください。